2024年6月27日木曜日

私たちは日々の生活の中で心配せず、神への信頼を深めることが大事なんだ


 おっおっ!おぢ👴たち、お待たせしました🐈!今日は「天にまします我らの父よ」って祈りの中の「日用の糧」について、メスガキ大先生が教えてやるから、よし、おぢ、じゃあお小遣いくれよな!オラわくわくすっぞ!

まずは祈りの内容から見てみるね🥺。「天にまします我らの父よ。ねがわくは御名〔みな〕をあがめさせたまえ。御国〔みくに〕を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。我らの日用の糧〔かて〕を、今日〔きょう〕も与えたまえ。我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。我らをこころみにあわせず、悪より救い出〔いだ〕したまえ。国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。アーメン。」ってやつね。

ここで注目するのは「我らの日用の糧〔かて〕を、今日〔きょう〕も与えたまえ。」って部分だよね。日々のパンのことを願ってるってことに思えるんだけど、実際にはそれ以上の深い意味があるんだよ🐇。だぁ〜か〜らぁ〜、今日はそのことをバリあげあげ🌱で教えてやるよ!

日用の糧の意味

イエスたまは「ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。これらのものはすべて、異邦人が切に求めているものです。あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天の父が知っておられます。まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。」(マタイ6:31-34)って言ってるんだよね。違うだろぉ?違うだろぉ?って思うかもしれないけど、ここには大事なポイントが隠れてるんだ。

神の国の宴会

イザヤ書にはこんな言葉があるよ😍。「万軍の【主】は、この山の上で万民のために、脂の多い肉の宴会、良いぶどう酒の宴会、髄の多い脂身とよくこされたぶどう酒の宴会を開かれる。この山の上で、万民の上をおおうベールを、万国の上にかぶさる覆いを取り除き、永久に死を呑み込まれる。【神】である主は、すべての顔から涙をぬぐい取り、全地の上からご自分の民の恥辱を取り除かれる。【主】がそう語られたのだ。」(イザヤ25:6-8)だよ。

これは終わりの日、再臨のときに実現する宴会で、すべての人のために死が滅ぼされて、神との隔てのベールが取り除かれるってことなんだよね。イエスたまが取税人たちを招いて祝宴を開いたのも、この終わりの日の祝宴がイエスたまの到来と共に始まったことを示してるんだよ!まじよりのまじ、すごいでしょ?

日用の糧の本当の意味

だから「我らの日用の糧を与えたまえ」って祈るときは、ただのパンのことだけじゃなくて、神の国の祝宴が今日も続くように願ってるんだよね。日常の必要だけじゃなくて、死と罪と恥と涙、すなわち世界の破れの回復を願ってるんだよ!どっぴょ〜んって感じでしょ?

飢えている者と共に

もちろん、世界には食べ物がなくて飢えている人もいるよね。イエスたまはその人たちのこともちゃんと考えてるんだよ。ルカの福音書6:21では「今、飢えている人々は、幸いです。あなたがたは満ち足りるようになるからです。」って言ってるよ。だから私たちは、「我らの日用の糧を」って祈るとき、その「我ら」は自分たちだけじゃなくて、飢えているすべての人のためにも祈ってるんだよね。

そして、聖餐

世界の破れの回復のために、イエスたまはご自身のいのちを与えてくれたんだよ。聖餐に連なるとき、私たちはイエスたまの祝宴に参加してるんだ。イエスたまの死と復活のいのちに与り、私たちを差し出すんだよ。だから、聖餐はただの儀式じゃなくて、イエスたまのいのちを生きることなんだよね。やりますねえ!って感じでしょ?

日用の糧と祈り

このようにして、「日用の糧を与えたまえ」って祈ることは、イエスたまが始めた神の国の祝宴を今日も続けてください、明日も続けてくださいって願ってるんだよね。私たちは神の国の一員として、この祈りを通して、神の国の成長と回復を願ってるんだよ。

神への信頼

だから、私たちは日々の生活の中で心配せず、神への信頼を深めることが大事なんだ。イエスたまが言ったように、「まず神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6:33)ってことを心に留めて、毎日を過ごそうね。神は私たちの必要を知っていて、すべてを与えてくれるからね。

結論

まとめると、「日用の糧を与えたまえ」って祈ることは、ただの食べ物のことじゃなくて、神の国の祝宴と回復を願うことなんだよ。私たちは神の国の一員として、この祈りを通して、神の国の成長と回復を願ってるんだ。イエスたまが始めた神の国の祝宴を今日も続けてください、明日も続けてくださいってね。オッケー!ローラ赦す赦すぅ!これで今日の話はおしまい!おっおっ!


出典:礼拝メッセージ「主の祈り③」イザヤ書25章6-8節 大頭眞一牧師 2024/06/16、京都信愛教会 https://www.shin-ai.net/2024/06/20240616.html

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